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2021年7月~8月 辻蕎麦便り

「えっ、ベニバナの花が白い?赤いから紅花というんじゃないの」。
花の色が白いベニバナが咲いていると言われ、一瞬聞き間違えたのではないかと思いました。

ベニバナの花を見たことの無い人はとかく誤解しがちなのですが、別に真紅の花をつけているわけではありません。
黄色っぽいオレンジ色といった感じです。
ベニバナの花には黄色のサフロールイエローと紅色のカルタミンという2種類の色素が含まれており、この色素の割合がサフロールイエロー99%に対し、カルタミンは1%ですから黄色っぽく見えて当然なのでしょう。
もっとも枯れ始めるころになると次第にオレンジから濃い赤に変色してくるようです。

まさか白いベニバナがあるとは考えもしませんでした。
ベニバナの開花期は7月上旬です。
山形県内各地のベニバナ栽培地で行われる紅花祭りもほぼこの時期に行われます。
話を聞いたのは下旬に入ってからで、通常ならもう咲き終わっています。
ところが辻蕎麦から東に4、5㌔離れた天童市上貫津のベニバナ畑に行けばひょっとしたら目にすることが出来るかもしれないというのです。

山裾の段々畑に広がるサクランボやリンゴなどの果樹地帯を貫く道路を走っていくと、その一角に紅花畑がありました。
遠くに残雪を抱く月山がうっすら望めます。
花の大半は既に枯れており、残ったものも黒っぽい赤に変色し、みすぼらしい姿になっていました。
どこに白いベニバナが植えられているのか、なかなか見当がつきませんでした。
しばらく見回していると、完全に枯れて茶色に変色しているもののオレンジでも赤でもない花が。
ひょっとしてこれか。
ためつすがめつ眺めていたら、突然1輪だけ白いベニバナが目に飛び込んできました。
周囲に比べて茎が短く、隠れるような感じで咲いており、小ぶりの花がかすかな風に揺れ動き実に清楚な感じがします。
幻じゃない証拠にと、しっかりスマホで撮影。
焼けつくような猛暑日にわざわざ足を運んでくれてご苦労さんとでもいわれているようでした。

インターネットなどで調べたところ、米沢市の草木染染織作家の山岸幸一さんが20年ほど前、自分のベニバナ畑に咲いている数本の白い花を発見。
長年かけて隔離育成し、増やしてきたそうです。
農林水産省に品種登録もされています。
突然変異だったのでしょう。
身近にあるものでも案外知らないことは多いですね。
来年はぜひ開花期に訪れ、本来の色と白のコントラストを楽しみたいと思っております。

(2021/07/30)

2021年5月~6月 辻蕎麦便り

 皐月。
月末になって衝撃的なニュースが入ってきました。
今シーズンのサクランボの収穫量が平年より30%以上も下回り、予想収穫量の公表を行って以来最低になりそうだというのです。
山形県は全国の生産量の約70%を占める「サクランボ王国」。
この減収がもたらす影響は少なくないでしょう。

 今シーズンは冬期間の大雪による枝折れやハウス倒壊などによる被害が懸念されましたが、それに追い打ちをかけたのが4月の霜害などです。
サクランボの開花は長年ゴールデンウイークの始まるころでしたが、ここ数年、桜の開花を追いかけるように早まってきていました。
以前より2週間前後前倒しになり、霜の被害を受けやすくなったのではないでしょうか。
先月は風雨も結構強く、それによっても雌しべが痛めつけられたようです。

 県やJAなどで組織する県さくらんぼ作柄調査委員会によりますと、今シーズンの県産サクランボの予想収穫量は平年比32%減の9500㌧ということです。
予想収穫量がこうして公表されるようになってから25年ほどになりますが、1万トンを下回ったのは初めてです。
ここ10年ほどの収穫量をみますと、ほぼ1万3千㌧から1万5千㌧の間で推移しております。
ちなみに昨年は1万3千㌧でした。
サクランボ農家は着果管理を徹底し、幾らかでも収量を上げようと懸命に作業を行っているということです。
初夏の味覚を楽しみにしている人々も多いだけに、1粒でも多く消費者に届くよう願っています。

 新緑が日一日と濃さを増す季節になりました。
「五月雨をあつめて早し最上川」。
俳句なんて無縁だよという人でもこれくらいはご存知でしょう。
もとの句は「五月雨を集めて涼し最上川」。
松尾芭蕉が奥の細道の旅中、最上川中流にある流域最大の船着き場・大石田で開かれた句会で作ったのが旧暦の5月29日でした。
暦的には新暦より1カ月近く後ということになりますが、地球温暖化の影響を考えれば、芭蕉が目にした新緑や五月雨を集めた最上川の河面の光景は今頃の時期とさして変わりないのではないでしょうか。

 最上川は富士川、球磨川と並ぶ三大急流のひとつ。
中流まではそれほどでもないのですが、庄内平野近くの下流になりますと見掛けのゆったりした大河の趣とは違い、中央部の流れはかなりの速さです。
随分前になりますが廃止寸前の渡し舟に乗せてもらった際、離岸してほどなくあまりの水圧の強さに「おい、おい、大丈夫かよ」と思わず船頭さんに声を掛けそうになりました。
川沿いに国道48号線やJR陸羽西線が走り山あいの空間が広がっている現代と違い、「おくのほそ道」で芭蕉は「左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。(略)水みなぎって舟あやうし」と記しています。
五月雨で膨れ上がる河面を目にし、中流で感じた「涼し」などという風流を押しのけるような恐怖感を覚え、「早し」に改めたのではないでしょうか。
(辻蕎麦 2021/05/28)