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2016年1月 辻蕎麦便り

睦月。

今年の元旦は全国的に穏やかな天気で、初日の出をご覧になった方も多かったようです。
また実に暖かなお正月となりました。理由はいろいろあるようですが。

 山形や天童では2004年以来となる積雪ゼロの年明けでした。
日陰のところどころに真っ白な粉砂糖をふわっと振りかけたような“雪”が目につく程度です。
ちなみに昨年の元旦は40cmほどの雪で覆われていました。まさに異変ではないでしょうか。
全国に知られる民謡「花笠音頭」で「雪をながむる尾花沢」とうたわれる豪雪地帯の尾花沢市でさえ、うっすら積もった雪の間に田んぼの土が見え隠れするほどです。
もっともひと冬中雪なしということはさすがに考えられません。
降る雪の静寂さに包まれる日も近いことでしょう。

 雪にもいろいろな現象があります。
雪国以外の方にはちょっと珍しいものを紹介します。
「俵雪」。
地域によっては「雪俵」とも呼ぶそうです。
山形県の日本海側の庄内平野で時折目にします。
果てしなく広がる雪原の表面が少し締まったところに強風が吹くと、薄くめくれて細い筒状になって転がります。
転がる時に下の雪を雪だるまのように付け、次第に俵状になっていきます。
小さな小さな米俵があっちにもこっちにも。
地元の人ならともかく、旅人には雪原に何が大量に落ちているのか一瞬首をかしげる光景です。

 「地吹雪」。
吹雪は舞い落ちる雪が風によって横殴りに吹き付けてくるものですが、「地吹雪」はそうではありません。
大量に積もった粉雪が強風によって吹き上げられる現象です。
地上から普通乗用車の屋根の高さほどまでが、猛スピードで流れ行く粉雪の層に閉じ込められたようになります。
車を運転している時に見舞われると、周囲は完全に白一色。
ほんとうにひどい時は、フロントガラスに白い紙を貼られたようになり、ボンネットすら見えなくなります。織田裕二や松嶋菜々子が出演した「ホワイトアウト」という映画がありました。
地吹雪は究極のホワイトアウトと言えましょう。
こんな場面に遭遇した車に乗っていたら驚きと恐怖で言葉を失うかもしれません。
もっとも車から出て見上げるときれいな青空ということがほとんどです。
視界に映るのは白と青だけの幻想的な世界でもあります。
 
 ソバ畑は間もなく分厚い雪に覆われしばしの休息に入ることでしょう。
この間に美味しいソバを育む力を養うのです。
辻蕎麦も作り手一同さらに精進を重ね、より美味しい蕎麦をお届けします。

 今年も宜しくお願い申し上げます。

2015年12月 辻蕎麦便り

 師走。

「この赤(あか)蕪(かぶ)がうまいな」
町奉行の佐伯熊太は、おかみがはこんで来た蕪の漬物にさっそく手をつけた。

 郷土出身の作家藤沢周平の作品「三屋清左衛門残日録」の一節です。
これを書いている時に作者がイメージしていたのは、きっと鶴岡市温海地域の一霞の赤かぶだったのではないでしょうか。
一霞は山間の小さな集落で、急峻な山の斜面を利用し400年以上にわたり焼畑で赤かぶを栽培してきました。
山が色づき出すころに甘酢漬けの作業が始まります。
この赤かぶ漬はパリッとした歯触りとほのかな辛味が特徴。
熱燗でも冷でも日本酒との相性は抜群。
江戸時代に徳川将軍に献上されたというのも、うなずけます。

 焼畑は古い農法の一つですが、近年ではほとんど目にすることがなくなりました。
栽培地を焼くことによって、除草や病虫害の予防、適度な肥料の確保といった効果がもたらされます。
栽培農家の人によりますと、同じ赤かぶ漬でも他の赤かぶよりはるかにしっかりした歯触りになるのは焼畑で作るからではないかということです。
   
 山形県戸沢村。
山形市から北へ80㌔余り離れた、村内を雄大な最上川が流れ行く山村です。
ここで焼畑によってソバを栽培するという話を聞きつけました。
山形の地にこだわって蕎麦打ちをしてきた辻蕎麦にとって、何が何でもその蕎麦粉を使いたいという強い思いにかられました。
生産農家をはじめ懇意にしている製粉所や行政関係者などかかわる多くの人に「辻蕎麦の思い」を必死に訴え、そこで採れた玄蕎麦のほとんどを使わせてもらうことができるようになりました。

 既に製粉し、12月お届け用の生産に入りました。
“焼畑産”のお蕎麦は、風味がしっかりしており、実に味わい深いものがあります。
ただ採れた玄蕎麦のほとんどを使わせてもらえるといっても、絶対的な数量がそう多くありません。
辻蕎麦倶楽部の会員の皆様にお届けするので精一杯かと思います。
いまのところそれだけ貴重なお蕎麦と言えます。
“焼畑産”の年越し蕎麦を存分に楽しんでいただければ、この上ない幸せでございます。
そして会員の皆様にいずれ焼畑の模様や、ソバ畑の白いうねりをご覧いただければと夢見ております。