師走。
「この赤(あか)蕪(かぶ)がうまいな」
町奉行の佐伯熊太は、おかみがはこんで来た蕪の漬物にさっそく手をつけた。
郷土出身の作家藤沢周平の作品「三屋清左衛門残日録」の一節です。
これを書いている時に作者がイメージしていたのは、きっと鶴岡市温海地域の一霞の赤かぶだったのではないでしょうか。
一霞は山間の小さな集落で、急峻な山の斜面を利用し400年以上にわたり焼畑で赤かぶを栽培してきました。
山が色づき出すころに甘酢漬けの作業が始まります。
この赤かぶ漬はパリッとした歯触りとほのかな辛味が特徴。
熱燗でも冷でも日本酒との相性は抜群。
江戸時代に徳川将軍に献上されたというのも、うなずけます。
焼畑は古い農法の一つですが、近年ではほとんど目にすることがなくなりました。
栽培地を焼くことによって、除草や病虫害の予防、適度な肥料の確保といった効果がもたらされます。
栽培農家の人によりますと、同じ赤かぶ漬でも他の赤かぶよりはるかにしっかりした歯触りになるのは焼畑で作るからではないかということです。
山形県戸沢村。
山形市から北へ80㌔余り離れた、村内を雄大な最上川が流れ行く山村です。
ここで焼畑によってソバを栽培するという話を聞きつけました。
山形の地にこだわって蕎麦打ちをしてきた辻蕎麦にとって、何が何でもその蕎麦粉を使いたいという強い思いにかられました。
生産農家をはじめ懇意にしている製粉所や行政関係者などかかわる多くの人に「辻蕎麦の思い」を必死に訴え、そこで採れた玄蕎麦のほとんどを使わせてもらうことができるようになりました。
既に製粉し、12月お届け用の生産に入りました。
“焼畑産”のお蕎麦は、風味がしっかりしており、実に味わい深いものがあります。
ただ採れた玄蕎麦のほとんどを使わせてもらえるといっても、絶対的な数量がそう多くありません。
辻蕎麦倶楽部の会員の皆様にお届けするので精一杯かと思います。
いまのところそれだけ貴重なお蕎麦と言えます。
“焼畑産”の年越し蕎麦を存分に楽しんでいただければ、この上ない幸せでございます。
そして会員の皆様にいずれ焼畑の模様や、ソバ畑の白いうねりをご覧いただければと夢見ております。