e-yamagataトップページに戻る やまがたの暮らしまるごと応援サイト 「い〜山形どっとこむ」
|インフォメーション |サイト利用規程 |街並み画像
e-yamagata e-住まいづくり ライフスタイル コミュニティ サイトマップ メルマガ登録 メンバー募集 初めての方へ
温泉めぐり・山形路TOP > 温泉のある風景 > 第13回 赤湯温泉 
開湯九百有余年の歴史が息づく
果樹園に囲まれた長閑な湯の里赤湯温泉郷
筆者 : 天野 佳一
赤湯温泉は、今から900年余前の寛治7年(1093年)に出羽の謀反を鎮めた、八幡太郎義家の弟義綱が発見したと伝えられている。戦いで傷ついた家来の血で深紅に染まった温泉を見て赤湯と呼ばれるようになったと言われ、傷が直ちに治癒する効果があったという。 今回の旅は、年金生活者グループの有志が、幕末頃から続く由緒ある温泉宿を訪ねた。古風な佇まいで、閑静な岩風呂などに工夫が凝らされた宿が良いという。
赤湯温泉の代表的な宿 上杉の御湯 御殿守 由緒ある古い家を移築した温泉宿 瀧波
米沢盆地の北端にある赤湯温泉郷に、創業以来370余年の歴史がある温泉宿「上杉の御湯 御殿守」がある。旧上杉家赤湯御殿として、上杉第二代藩主定勝公から上杉家の別荘としての伝統が継承され、米沢藩中興の祖第九代藩主上杉鷹山公がこよなく愛した湯でもある。近代では明治天皇が行幸され、歴代の総理大臣や多くの財界人・文士が訪れ、寄書した色紙や掛軸・屏風などの貴重な遺品が残されている。「瀧波」は、古い由緒ある家や合掌造りの民家・上杉藩の建物などを移築した温泉宿で、古き昔の情緒が偲ばれる憩いの宿である。
南陽市はブドウの名産地。山の斜面や市街地の中にブドウ栽培ハウスが建てられている。
赤湯温泉は、山形県南陽市にあり東京駅から山形新幹線に乗って、約2時間20分で赤湯駅に着く。昔は田圃の中に広がる長閑な出湯として、羽州街道の宿場町として栄えてきた伊達家や上杉家の湯治場・御殿湯でもあったという。今では温泉街や商店街の中にブドウを始めサクランボやリンゴなどの果樹園が共存する長閑な町である。南陽市の名物は山の斜面に広がるブドウ畑の白いハウス群である。初めて見る人は異様な山の風景に驚くが、ブドウの美味しさは全国トップクラスと言われると、成る程と納得して山並みをまた見直すようである。南陽市はサクランボやリンゴも名産品とするフルーツ王国である。 温泉で心身を癒し、先人の遺稿に接して感慨に耽る。夕べには、米沢牛と山里で採れた旬の素材でもてなす郷土料理に舌鼓を打つ。手打蕎麦が美味いのも赤湯温泉の自慢である。 我々は温泉を十分に楽しんだ翌日、市内の名所巡りをしてから帰路に着くことにした。
夕鶴の里資料館 鶴布山珍蔵寺
夕鶴の里資料館は、民話「鶴の恩返し」をモチーフにした資料館である。戯曲「夕鶴」の作者木下順二や山本安生に関する資料が展示され、鶴の恩返しの短編映画が上映されている。民話を芸術作品に飛躍させたのは、団伊玖麿作曲の「オペラ夕鶴」であろう。オペラは、大劇場で着飾った紳士や淑女が観賞するものと思っていたが、大衆的劇場の日比谷公会堂で「オペラ夕鶴」は上演された。世界的なソプラノ歌手大谷冽子が、主役つう役で歌う清らかな高い歌声は素晴らしく、当時20歳の私を感動させたものである。今から50年前の舞台が写真などで再現され、懐かしさと感動のひとときを、再び味わうことが出来た資料館であった。夕鶴の里近くに鶴布山珍蔵寺がある。鶴女房の夫だった金蔵が、仏門に帰依したのが開基と伝えられ、鶴の毛織物が宝として残されている。
結城豊太郎記念館 熊野大社
結城豊太郎記念館は、南陽市が生んだ偉人の資料館である。大蔵大臣や日本銀行総裁、富士銀行頭取(現みずほ銀行)などを歴任し、故郷のために貴重な資料を残している。 勝海舟や山岡鉄舟らの寄書、渡辺崋山の書画などがある。明治維新後の激動期の日本経済を、膨大な資料の中から垣間見ることが出来る 熊野大社と双松公園 熊野大社は日本三熊野に数えられる大社で、毎年7月下旬には1200年も続く例大祭が開催される。隣接する双松公園は、松の緑が美しい丘陵公園である。面積は約50,000u、園内には6,000本のバラ園がある。春はサクラやツツジの名所として賑わい、秋は鮮やかな菊人形が勢ぞろいする菊まつりが人気である。
赤湯温泉アクセス
【お車】 山形自動車道『山形蔵王IC』より車で30分
【電車・バス】 山形新幹線赤湯駅よりバスで約5分。
【DATA 2006.05.31】
<< 第12回 小野川温泉 温泉めぐり・山形路へ 戻る>>

e-yamagataロゴ