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男の手料理
 東京生まれ東京育ちの私には故郷がない。
 子供は親を選べないが、誕生地、生育地も選べない。三代日の江戸っ子と粋がっても、東京は人の住む町ではないと思っているので、町に対する誇りも愛着も、残念ながら持ってない。学生時代、休みに故郷へ帰る友人たちを見てうらやましくて仕方がなかった。
 社会人になっても、皮肉な事に勤務地は東京と海外で、日本の地方とはとんとご縁がなかった。
 そんな私に三年前、山形市に住む機会が到来した。パートナーも一緒に来たがったが、事情があって単身赴任となった。単身生活の経験は欧州、米国、アジア とすべて海外で、それも三ヵ月から一年とごく短く、今回のように「期限の定めのない」本格的な単身赴任、それも日本の地方は初めてで、心踊るものがあっ た。東京の夫婦倦怠期の悪友は、ニヤッと笑って、単身赴任を「うらやましい」とからかう。生真面目な私は一人暮らしでも生活出来る訓練の場を得て「うらや ましい」と悪友が言っているのだと解釈して「うらやましいだろう?」と切り返した。
 ところで、私の父方の曽祖父、谷三十郎は、桑名藩の京都所司代の時に戊辰の役がぼっ発し、寒河江で戦死したが、その碑が荘内銀行寒河江支店の目の前の陽 春院にある。という訳で、ご先祖様が私を山形に呼んだのではないかと、なお一層ご縁を感じ、山形生活に期待がふくらんだ。
 さて、山形の単身赴任生活が始まった。パートナーと一緒に暮らしている時も、掃除、洗濯、皿洗いは手伝っていたので、何の不安もなかった。特に皿洗い は、ストレス解消、適度な軽い運動、パートナーに喜ばれると一石数鳥で、東京の家探しも、二人で同時に働けるスペースのある台所が条件の一つであったくら いである。
 問題は、五十歳台後半まで一度も作ったことのない「食事」をどうするかであった。家庭料理を食べさせる店を探そうとも思ったが、外で一人食事する背中に 漂うわぴしさは絵にならないし、そもそも一人暮しの訓練の場を自ら放棄することになると考え、意を決して料理作りに挑戦することにした。これがやってみる と楽しくて、皿洗いの比ではない。家庭科理の定番である肉ジャガ、きんぴらごぼう、好物のサバの味噌煮と、徐々にレパートリーを広げていった。同じ野菜で も切り方で味が変わることや、味つけは経験とカンが頼りであることも分かり、失敗を繰り返しながら学んでいった。

 ◎ホヤさいて顔面汁浴びでもうまい
 最初の頃は、作る物を決めて食材を買っていたが、次第に安くて新鮮な旬の食材を見つけては、どういう料理にしようかと考えるようになった。パートナーから作り方を聞いてはメモしたり、新聞、雑誌の料理欄を集めているうちに、いつしかノート二冊分のレシピ集が出来た。
 もっとも、いまだにレパートリーは多くなく、手のこんだ料理も出来ないが、手料理を通じて、食材に季節を感じ、
 ◎ダダチャ豆岩がき寒鱈と四季巡る
消費者物価に敏感になり、
 ◎ほうれん草一把二百円手が出ない
そして、栄養のバランスを考えるといったさまざまな効用がある。今では
 ◎背広着てタイムサービスに突進し
と言った具合である。

 友人が言った。「君は普通、人がいやがる皿洗い(出口)から始めたのが良かった。料理作り(入口)は男も女も本来楽しいものなんだ。」
 出口から入って入口に到る「逆転の発想」も、柔軟な行動と思考にはたまには必要かもしれない。

【出典:Future SIGHT 18号(2002年秋発行) 】
((株)荘銀総合研究所社長.山形市  谷 哲夫)

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