e-yamagataトップページに戻る やまがたの暮らしまるごと応援サイト 「い〜山形どっとこむ」
|インフォメーション |サイト利用規程 | 街並み画像
e-yamagata e-住まいづくり ライフスタイル コミュニティ サイトマップ メルマガ登録 メンバー募集 初めての方へ

コミュニティ
> ぷらっとフォーム > 「未来に負の遺産を残さない生き方を」


やまがた便利帳
 
ぷらっとフォーム
 
新!い〜やまがた発見!体験記
 
い〜やまがた発見! 体験記
 
街かど工房
 
アルカディア街道
 
Shonai
Value station


e-yamagata.com編集部のスタッフが撮影しています
Mr.e-yama
photographed.


 

 「人間の身体の70%は水でできています」。この日米共同キャンペーンがテレビから流れてきた時、「ああ、ついに時代がきた」と思わず口を衝いて出た。

 30年程前、私は大型農業機械の技術者として働いていた。当時大型農業機械による集団農業が公の事業として推進され、各村落に共同体が組織され、大型のトラクターや防除機が次々と導入されていた。

 山間地では開拓や開墾が大規模に行われ、外国製の大型トラクターがうなり、果樹園では大型防除機が濃薬液の水煙を上げ、ほ場では視界不良で交通に支障をきたす状態が良く見られたものである。当然、私も果樹団地やほ場に出向いては機械操作の指導やメンテナンス作業を行っていた。

 防除作業現場で目にするのは果樹の枝からポトポトと落ちる虫。水路に腹を見せて浮いているカエルを見たとき、何か底知れない恐怖を覚えた。
「このままでは日本の農業は取り返しのつかない事になる。」20代の若造にでも予測できるような状況が日々繰り返されていたのである。

 その後、様々な公害問題が明るみに出る時代の到来とともに、農薬の問題も見直されるようになっては来たが、あの防除作業現場の光景は私の心を離れることはなかった。

 それは農業機械の仕事を離れた後も続き、何とか農薬を使わない農業は出来ないものだろうかと言う思いはずっと私のなかに根をはっていた。その結果とも言える仕事として私が着目したのがハーブである。


 ハーブはそのほとんどが野生種に近く、改良が加えられず今日に至っている。「野生のままで自生できるのであれば、人の手でとくに防除などしなくとも栽培できるのではなかろうか。」20年前のことである。当時、ハーブなど知る人も少なく、勉強しようにも本などない。


立川町大字狩川字今岡128−1
昭和22年生まれ

20年ほど前からハーブに着目、ハーブの栽培とともにハーブを使った商品開発や製品の研究・製造をしていて、日本のハーブ業界では古参に属する。

山澤 清
kiyoshi yamazawa
ハーブ研究所スパール主催
株式会社ハーブ研究所ドーブエンタープライズ代表取締役

「負の遺産を遺さない」「責任の持てる」
製品作りを企業理念として活動している。
現在、水を考える場としての石鹸教室を
各地で開催中。
 
ようやく手に入れた1冊の本を手がかりに、あちこちの香辛料の店などをたずね回り、日本で最初にできたハーブ専門店のご主人に、自分もハーブをやりたいと告げたとき、「山澤さん、やめたほうが良いですよ」と、さとされた。
 
 それでもハーブについて学ぶほどに、ハーブには香りだけでなく殺菌や防腐などの効果があることを知り、農産物としてだけでなく加工品としての可能性を見いだしたのである。


 ハーブを使って加工食品作りに取り組みはじめた頃、学校給食の現場から無添加の漬物の話が来た。子供たちに真っ赤な着色などしない漬物を食べさせたいと思い、きゅうりのピクルスを十年間赤字で出し続けた。
 真っ赤な着色は売る側の一方的な利便のため、食べる者の利害など一切考えていない商品である。さらにたくさんの添加物、人口香料、防腐剤、保存料が含まれていたのである。どのような環境に暮らしどのようなものを食べているかによって、私達の体内には思いもよらない事態が生じるのである。これからの未来を担い、子孫を遺していく今の子供たちには食べさせるべきでないと考えたのである。

 だからハーブは無農薬栽培である。肥料についても色々考えさせられた。植物はどんな肥料を施しても吸収するときは無機物の状態で取り入れる。水に溶けた成分を根から吸収して養分とするのである。有機堆肥は地中で微生物に分解され、大地にとけこみ、水に溶け、植物を育てるのである。つまり、堆肥に何が含まれているかが大切なのである。
 私は3千羽の鳩を飼育している。よく、「ハーブと鳩はどんな関係があってやっているのですか」とたずねられる。堆肥のためである。鳩は日本では家禽に入らず、ペットとして扱われる。そのため、飼育に制限はなく、ワクチンも抗生物質も与えずに育てることができるのである。穀物だけで育てた食用鳩は、肉にはもちろん、その排泄物にも危険なものは一切入っていないと確信でき、本当に安全な堆肥ができるのである。

 無論、きゅうりも無農薬栽培のものを捜しているとき、旧知の農夫が私に言った。「水が良ければそれを吸って育つ農作物は丈夫でうまいものが出来る」。要はその水がどんなものを含んでいるかである。


 水はどんなに科学が進んだところで、人間の手で作り出すには膨大なコストを要するため、事実上生産は出来ない。地球という限られた範囲の、今ある水を使い回しているにすぎないのである。私たちが流した水はいつかきっと私たちに戻ってくる。

 ところが今、家庭排水が水質汚染の大きな原因となっているというのである。かつての工業排水や農薬汚染は各方面からの研究が進み、環境意識の高まりとともに改善されている一方で、家庭用品にはますます利便性が求められ、手触りや使い勝手の良さのために多くの化学物質が添加され、流され、目に見えない汚染が広がっているのである。

 かつて水辺にはゲンゴロウやミズスマシ、川ニナ、メダカの群れ、バイカモの繁茂するところもあった。しかし今、その情景を取り戻そうとしても、日々私たちが使っているシャンプーや洗浄剤には合成の界面活性剤や化学物質がさまざまな形で入っているのである。ただ一人の人が使う分には川の力で浄化できるが、現在川の浄化能力をはるかに超え、水中昆虫や水中植物の絶滅への要因となっているのである。下水道の普及とともに市街地の河川の以前のようなどぶ川はきれいに澄んだ流れを取り戻している。しかし、それは本当にきれいな水であろうか。


 私たちが日々恩恵を受けている水は幾千万年の彼方からの賜であり、これからもずっと続く永遠の流れのなかの一瞬にすぎないのである。水の恩恵を受けた私たちが使った水を排水として流すとき、何千年、何万年後の私たちの子孫にたいしてどのように責任を取るのだろうか。
 私たちの身体の大部分を占める水は、私達の亡き後もこの地球に存在しつづけ、雨になり田畑をうるおし、大地に吸われやがて作物のなかに入ってゆくのである。今、私たちが何を食べ、どんなものを使い、どのような意識でいるかという事は実は遠い未来に大きな意味をもっているのである。当然生産者、製造者は生産物に対しての重大な責任を負うべきである。

 「未来の子供たちに負の遺産を遺さない」

これは私たち現在に生きるものの使命であるとかたく信ずるものである。
【出典:「Future SIGHT10号」(2000年秋 発行)】
「農」と「食」への思いを実践

e-yamagataトップページに戻る